大本山護国寺には、多くの政治家、財界人、著名人、文化人の墓地がございますが、その一つに第8代、17代の内閣総理大臣並びに早稲田大学(旧名は東京専門学校)創設者の大隈重信(1838年3月11日~1922年1月10日)も眠っております。縁あって都の西北で35年以上も前に学んだものとしては、一度は墓参したいと思っていたところ、念願叶いました。
墓地には施錠がかけられて中には入ることはできませんでしたが、外柵からでも重信公の偉大さを感じさせる墓石とその敷地の広さでした。一説では、墓地は故人(あるいはその家系)の德を表していると言われておりますが、歴史に残る偉人から改めてそのことを学ぶ次第です。
重信公は様々な業績を残しておりますが、興味深いことの一つとして、日本初の始球式をしたことがあげられます。1908(明治41)年11月22日、日米野球親善試合として行われた「早稲田大学 vs メジャーリーグ選抜チーム」の試合で始球式をしたのが重信公でした。当時70歳。羽織袴に中折れ帽という姿でマウンドに立ち、キャッチャーへ向かってではなく、グラウンドにコロコロと転がるボールを投げる形になったそうです。 そして、創設者である重信公に恥をかかせまいと、バッターが空振りをしたことが、現在の「始球式では打者が空振りをする」という日本のスタイルの起源だと言われています。
当時の70歳はかなり高齢だったと思いますが、何ごとも最初に行なうこと、いくつになっても新しいことをすることは大事なことだとこのエピソードから思う次第です。
「紺碧の空 仰ぐ日輪 光輝あまねき 伝統のもと~」墓参後に、いつのまにか小声で口ずさんでいました。合掌 教会長 澤畠 康友


