3月20日(祝・金)お彼岸の中日に佼成霊園に参りました。雨模様でしたが、霊園には多数の参拝者がいらっしゃいました。特に目立ったのは、家族連れで子どもさんやお孫さんもご一緒の皆さんです。事情は様々あると思いますが、家族そろっての墓参はきっとご先祖様がお喜びであり、またこうして連綿と日本の伝統が継承されていくと感じた次第です。
私には母方のお墓があり、近年では季節に一回は墓参しております。(季節に一回+年末と年始に参拝が良いと教えて頂いております)通常はご本仏様~開祖さま~脇祖さま~そしてご先祖様への墓参ですが、雨と人の多さから、最初にご先祖様(その前に以前にお世話になった教団役員の方の墓参)からさせて頂いたところ、小雨が大雨に変わりました。
真心を込めての墓参が「雨にどのように濡れないでお線香、お供物をお捧げするか」と考えたしまった私です。やはり順番は大事だと思います。ただ、その後は心で懴悔をし、また雨も甘露の法雨とも言いますので、いずれにしてもご先祖様から教えて頂いているんだなと思い、墓参を続けました。
そしてご本仏様参拝に向かった入口で、ある会合でお世話になっている方にお会いしました。「昨年の講演有り難かったです。またお伺いしたいですね」とのこと。昨年、私の細やかな過去の体験を発表したことをしっかりと覚えて下さったのです。また休憩所でも以前仕事を間接的にご一緒させて頂いた方にお会いし「いつもお世話になっております。通訳などご活躍で、、、」とまたお褒めの言葉を頂きました。さらに休憩所では「教会長さん。内の家族です」と文京の信者さんにお声がけ頂き、ご家族を紹介を頂きました。
小休止をし、友人への墓参、酒井元理事長さんの墓参、そのままその通路をまっすぐに進んだところ、なんとM家とA家(両家とも元文京教会長さん)のお墓がありました。もちろん元教会長さん方はご存命でありますが、M家の親教会長さんは私の両親の仲人をしてくださった方です。またA家の場所が、丁度母方の墓地と同じライン(縦の線上)にあり、これも不思議を感じました。両家に深々とお辞儀・参拝をし、最後に五十代で亡くなった学林同期の墓参をして霊園を後にしました。
数時間での墓参でしたが、雨による現証の捉え方や自分の心の動き、またご縁の大切さと人に会ったらすぐにその方の良いところを讃えること、そして意図しない行動による不思議さ=仏さまの計らいを感じた次第です。墓参は、ご先祖様のためでもあり、実は生きている私たちが心を豊かにするための行動であると改めて認識した次第です。皆様もお時間を見つけて墓参されることをお勧め致します。きっと何か日常で気づかないことや学ぶことがあると思います。合掌 教会長 澤畠 康友 拝

