1月30日、新宿歌舞伎町で「日本駆け込み寺」の活動を行っている玄秀盛さんの相談室を訪ねた。現在は「日本駆け込み寺」とは別に、一般社団法人「青少年を守る父母の連絡協議会(青母連)」を立ち上げ、主にホストの売掛による性搾取(売春)を根絶するために「売掛禁止条例」化へ取り組んでいる。いつもながら、そのバイタリティとスピーディな行動力には驚嘆する。
玄さんとは、私が仙台教会長時代、「仙台駆け込み寺」の相談室が開かれたとき、たびたび来てもらったことでご縁が深まった。
歌舞伎町の相談室の周辺では、女性たちが街角に立ち客を待っていた。中には十代らしき女の子もいる。私と偶然目が合うと、愛らしい笑顔を向けてくる子もいる。ドキドキ刺激的な場面だが、日常のごくありふれたものに感じられるのが歌舞伎町という場所なのだ。
悪質ホストにつかまり、売掛金を返済すために余儀なく売春をしている女性も多いという。玄さんが今取り組んでいる問題は、そうした女性たちを救うことだ。闇が深すぎて、警察や行政の救済さえ届かない世界がある。そうした人たちが、最後に助けを求めて駆け込んでくる場所が玄さんのところだ。
玄さんから教えられることが多々ある。
「慈悲」には、「スピード」と「具体性」が重要と言われるが、その通り実践しているのが玄さんだ。玄さんの救済は具体的で早い。「悩み事を聴くだけで気持ちが楽になる」とか、「解決の答えは、悩んでいる人自身が持っている」といった話もよく聞くが、玄さんが向き合っている人たちの多くは、そんな話は当てはまらないように感じる。
仏教は悟り(気づき)の宗教だ。よって、その救いも悟り(人間の知識や思考ではなく、仏の正しい智慧)による見方によって得られると言える。確かに、固定的見方や偏見、自分本位な見方を超え、真理に即した正しい見方ができれば、霜が朝日にあたって消えるように、悩み事は消え去ることだろう。しかし、すべての人がそうした正しい見方ができるのだろうか。たとえできたとしても、できるまでの間は苦しみ続けなければならない。
玄さんは、人助けの活動を始めて20年以上になるという。ここまで資金確保など多くの苦労をしながら活動を続けてきている。その意味でも、人助けを続けることは簡単ではない。自身も困難な境遇に身を置き、助けを求めて来る人と一緒に苦しむ。私は、そこに玄さんの強烈な覚悟を感じている。
「宗教は、いったい何をボヤボヤしているのか」と、玄さんから問われているようだ。
2025年2月15日
立正佼成会文京教会
教会長 近藤雅則
