3月15日(日)教会道場において春季彼岸会式典を開催いたしました。奉献の儀、読経供養(戒名読み上げ含む)、体験説法、教会長結びの言葉で終了いたしました。
体験説法をしたKさんは、昨年末ご主人を亡くされたことに言及しながら、自らの人生を回想。結婚してからなかなか子供が授からないことから「何でもさせて頂きます」と仏さまに念じ、12年後に待望の長男を出産。その後、その約束をしっかり守りながら、脱サラをしてお店を開店したご主人を支えながら、子育てとお役にと奔走。最終的には10年後にお店を閉店することになるも、すべて計らいと受け止めて生きていけたことを発露。最後に子煩悩であった旦那さんが長男に「ありがとう」と言って旅立たれたことを述べられ、今後は旦那さんの供養をしながら、親子仲良く生きていくことを誓願されました。
結びの言葉に立った澤畠教会長は「私たちの信仰は願いを叶える信仰か、あるいはただただ感謝して生きていく信仰であるか?例えて言えば、領収書の信仰か請求書の信仰かどちらでしょうか」と参加者に問いながら、お願いを叶える信仰で最初はいいかもしれないが、その願いが叶ったら、その後は感謝で信仰に生きていく、領収書の信仰が大事であることを強調されました。
また、以前にも紹介したぶっきょうスクール第144号の『亡き人を幸せにすることができる 苦労をかけた亡き父への恩返しはもうできないと告げるきょうだいへ』を紹介。亡くなったお父さんを幸せにする僧侶の言葉を引用。「亡くなったお父さんを幸せにする方法が一つあるよ。深いご縁で結ばれていた君たちが、この世で幸せになることだ!君たちが幸せになれば、お父さんは大喜びだ。苦労のしがいがあったというものだ」とKさん親子が幸せになる指針を述べました。
さらに『棺桶まで歩こう』(萬田緑平 幻冬舎文庫)を一文を引用。「茶道、華道、書道など、様々な『道』の先生は背筋を伸ばして長時間座っている姿勢があたりまえになっています。体感の持久力がある人はなかなか疲れませんから、『道』の先生たちはよほどでないと疲れたとは言いません。30分間、背筋を伸ばして座っていられる人は30分歩けます。3分しか背筋を伸ばして座っていられない人は、3分しか歩けません」と仏道においても背筋を伸ばして、読経供養ができることが歩けること=健康につながること=先祖から頂いたいのちを大切にいきることにつながること、またそういう私たちが教えの有り難さや感謝の心を歩いて人さまに伝えることができること等、お彼岸を迎えるにあたって振り返り、実践することを参加者に伝えました。合掌


