「おかげさま」の心が幸福の元

 今月の『佼成』会長法話のテーマは、「天地自然のおかげさま」です。
まず、大自然から見れば、私たち人間は「破壊者」以外の何ものでもないのです。(11頁5行)という言葉は胸に突き刺さります。
大気汚染、海洋汚染、地球温暖化、森林破壊、どれもみな人間が引き起こしている問題です。地球にとって、他の生き物にとって、人間はすごく迷惑な存在なのかもしれません。今のような生き方を続けていけば、いつの日か人間は大変なしっぺ返しを受けるのではないかと心配ですが、皆さんはどう感じますか?

 私たちは、もっと謙虚にならなければなりません。地球を我が物のように利用し、破壊することは許されません。他の生き物と共存しなければならないのです。それが仏教に説かれる諸法無我(すべては持ちつ持たれつの関係)の生き方です。

 本会は「菩薩行」の実践を大事にしています。「菩薩行」とは、世のため・人のために少しでも尽くすことであり、布施行とも言えます。布施行には、身を使って行う身施、物やお金を施す財施、正しい教えを伝える法施があります。さらに、笑顔でやさしく接することや席を譲るなどの無財の七施もあります。
こうした布施行は、何か特別な行いをしてあげているよう思うかもしれませんが、そうではありません。この世界は、すべては持ちつ持たれつの関係なのですから、生かされていることに対するささやかなお返しに過ぎないのです。

 後半のポイントは、真の幸せとは何かです。
心に不平不満や怒りがあると、とても「おかげさま」とは思えませんが、天地自然の摂理(真理)をかみしめ感謝がわき上がると、仮に困難のなかでさえ「おかげさま」に気づいて幸せが得られる-心が救われるのです。(14頁6行)

 ここに宗教的救い、真の幸せが表現されていると思います。幸福は得るものではなく、感じるものです。どんなに恵まれた環境にあっても不足不満を感じていれば不幸です。逆に厳しい状況の中にあっても、そこに一点の「おかげさま」を見出して「ありがたい」と感謝できれば、幸福を感じることができるのです。

 皆さんは、「ありがたい」の反対は何だと思いますか?「ありがたい」の反対は、「あたりまえ」だそうです。井村和清さんの『あたりまえ』という詩をご存知の方も多いと思います。私たちは、それがある時には、そのありがたさが分からない。それを失った時に、はじめてそのありがたさが分かるというものです。

 今月は、立正佼成会創立の月です。「一人でも多くの人に法華経に示された人間の生き方を知ってもらい、本当の幸せを自分のものにして頂きたい
これは、庭野日敬開祖の創立の願いです。「法華経に示された人間の生き方」とはどんな生き方なのか、また「本当の幸せ」とはどんなものなのか、そうしたことをかみしめ、さらなる精進をさせていただきましょう。

合掌
2025年3月1日
立正佼成会文京教会
教会長 近藤雅則