文京区千石には、鈴木貫太郎の私邸があった。鈴木貫太郎は、昭和20年4月に内閣総理大臣となり、昭和天皇の御心を受けて終戦を成し遂げた人として知られている。
当時、もはや敗色が決定的であったにもかかわらず、軍部の本土決戦・一億玉砕の強硬策に抑えられ、終戦を口にすることはできない状況だったようだ。事実、終戦交渉を進めた彼は軍部から命を狙われた。幸いにして命は助かったが、文京区の私邸は焼き討ちにあっている。
もし、終戦の決断をさらに早くしていれば、広島・長崎の原爆の悲劇はなく、ソ連参戦も防ぎ、多大な犠牲を出さずにすんだのではないかという批判の声も多い。
しかし、戦争を終わらせることは始めることより難しいことだと言われる。その意味で、鈴木貫太郎の行動は、日本を最悪の局面から救い、戦後の復興につなげた功績は大きいのではないかと思っている。
終戦時、敗けたことの無念さや不安もさることながら、戦争が終わったことの安堵感をかみしめた人や普通の暮らしに戻れたことを喜んだ国民も多かったと聞く。だからこそ、戦争放棄を誓った新憲法の発布を心から歓迎した国民が多かったのだろう。
新憲法は占領下という特殊な状況下で、アメリカ主導で定められた特殊な内容だ。特に9条は、戦争放棄だけでなく、戦力も交戦権も持たないとなっている。たとえ他国から攻撃され、どんなに酷い目にあっても反撃しないということだが、自分の国や国民を守ることをしないことになる。侵略戦争をひき起こした日本を縛り、二度と戦争のできない国にするという連合国側の意図が強く反映されている内容だ。
その特殊な憲法は、米ソ冷戦時代には有効にはたらき、おかげで日本は軍備に多額の予算を使うことなく、急速な経済発展を達成すことができた。それが今、中国や北朝鮮の動きなど東アジアの状況が不安定になり、アメリカによる安全保障も安心できない状況になってきた。
そこで、憲法9条を見直し、周辺諸国に対抗できるだけの軍備を整えようという方向で進んでいる。世論調査では、こうした動きに賛同する国民は少なくないようだが、このまま突き進んでいくと、過去にたどった道に再び戻る可能性もあって不安を感じないではいられない。
庭野日鑛会長の最近のことばの中に「日本の伝統を受け継いで立派な国を打ち立てていきましょう」という趣旨のものがある。そこにどういう意図や思いが含まれているのか、私なりに考えてみた。もちろん、「軍備を増強して、周辺諸国に対抗できる国にしましょう」という意味ではないはずだ。
「日本人自らが、日本の歴史、伝統、国民性を再認識し、建国の理念というか、日本人として共有できる価値観というか、そうした日本独自のものもふまえた上での国づくりを進め、世界の平和と人類の進化・向上に貢献していきましょう」ということではないかと推察している。
不透明・不確定・不安定、そしてグローバル化と同時に多種多様な価値観が交錯する現在の世界情勢の中で、しっかりとした国のあり方や進み方を明確にすることは重要ではないだろうか。
そのための取り組みの一つとして、日本人自身で自国の憲法を考え、議論することは有意義だと思うがどうだろうか。議論した結果、現憲法と同じものになったとしたら、たとえ内容は変わらずとも、その価値は雲泥の違いがあるはずだ。憲法を考えることは、日本を再発見することにもつながるように思う。
“憲法改正反対”と、ただ唱えるだけで平和を維持できないことは、現在のウクライナの状況が教えてくれているように思う。さらには、このままでは、日本人が自分自身を見失ってしまうのではないかとさえ感じているのだが・・・。
合掌
2025年3月15日
立正佼成会文京教会
教会長 近藤雅則
